抑制薬を使うのはかわいそう?

 

認知症の症状で大声で怒鳴っている男性の奥さんに
「お薬を使いましょうか?」
と確認したところ、奥さんはこんな風に答えました。
「いいんです。薬で静かにするなんて可哀想ですから…。もう少し頑張ります。」
毎日昼も夜もなく大声で呼ばれ、時には手が出ることさえあると言うのに、です。旦那さんへの愛情を感じると共に、世間の抑制薬へのイメージはそういうものなんだな…と実感しました。おそらく奥さんの頭の中には、抑制薬を使った結果、ドロドロに眠ってばかり、寝たきりになってしまう旦那さんの姿が浮かんでいるのでしょう。

 

抑制薬を使うのは可哀想?

 

無理もありません。老年医学会でさえ「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」の中でそれらの薬を出来るだけ使わないように、と勧告しているのですから。

 

 しかし当院では、抑制薬を使いながら穏やかに、そして元気に生活されている方も沢山いらっしゃいます。同じ薬を使っているのに、いったい、何が違うと思いますか??
 その秘密は、『家庭天秤法』です。
 家庭天秤法とは、本人を近くで介護されている方(家族や施設スタッフ)が、本人の元気さに応じて飲む薬の量を調節する、という方法です。

 

 あなたの元気レベルを数字で表した場合、一週間ずっと同じ数字ですか?
抑制薬を使うのは可哀想?

 

そんなことはありませんよね。元気いっぱいな日、ちょっと疲れている日、風邪ぎみでダウンしている日と、元気さは日々変動しているはずです。認知症の方だって同じです。機嫌が悪くてちょっとしたことで一触即発というくらい怒りっぽい日もあれば、そこそこ穏やかで機嫌がいい日もあるのが人間。ですから機嫌が悪い日には10の量の薬を飲んでも、機嫌がよい日にはその半分の量でも十分かもしれません。
また年齢が上になるほど内臓の働きが落ちるため、その日飲んだ薬がその日のうちに分解されず、体に蓄積される傾向があります。最初のうちは10がちょうどいい量であった方も、数週間たつうちに少ない量で同じ効果が得られるようになることがあるのです。

 

 それにも関わらず、最初から最後まで一か月間、ずっと同じ量の薬を飲んでいたら、どうなるでしょうか。少なくてよい日に飲んだ薬は、過沈静(薬が効きすぎてしまうこと)の原因となってしまいます。脳のエネルギー(元気さ)を必要以上に抑えてしまって、眠くなったり、足元がふらついしまうのです。一日ならまだしも、これが1週間、2週間と続いたら…足腰が立たなくなり、本格的に寝たきりになりかねない危険な状態です。

 

 家庭天秤法は、本人が怒らずに穏やかでいられて、かつ薬の効き過ぎで活動性が落ちない‘ちょうどいい量’を、家族が決める方法なのです。使うか使わないかではなく、どう使うかが大切なんですよ、ということです。

 

 でも医者でもない素人が薬の調節なんてして大丈夫なの?と思うでしょう。私の経験上は、大丈夫です!と言わせて頂きます。正直に申し上げて、極端にご理解力が低いご家族であれば、難しいかもしれません。そういうご家族の場合には、中くらいの量で薬を処方して、それほど間をあけずに外来に来てもらう、という方法をとることも実際にあります。その目安は「この文章を何度か読んで、『そういうことか』と理解できるか?」が一つの目安になります。基本的な理解ができる方なら大丈夫。

 

 上手に抑制薬を使うことが出来ると、認知症の患者さんの頭の中でビュービュー吹き荒れていた嵐がやみ、脳内が凪のように穏やかな状態となります。するとその人本来の笑顔が戻り、その人らしさが戻ってきます。これまで失われていた集中力や意欲も戻ってきて、色々な人から「ずいぶん良くなったね。」と言われるようになります。ご本人にとっても、怒ったり暴れたりはしたくてしているのではありませんから、それがなくなるのは嬉しいことなのです。これまでさんざんご本人の言動に振り回されていたご家族は、身体的精神的に非常に楽になり余裕が出来るため、ご本人にこれまで以上に優しく接することが出来ます。

 

 家庭天秤法イコール愛情なんだな、と思います。ご本人のことを近くで熱心に観察していないと出来ませんから。でも、それをすることで、ご家族にとっても信じられないほど大きなメリットがあります。抑制薬を使うことにためらいを感じたり、できるだけ薬を最小限にしたい…と思われる介護者や施設職員こそ、天秤法を行う資質がある方と言えます。どうぞ介護者であるあなたの大切なエネルギーを、不機嫌を我慢したり身を守ることに使うのではなく、楽しいこと、もっと笑顔あふれる時間を作ることに使って下さい。

 

 そして抑制剤を使う前に、フェルラ酸単独を試すという選択肢も、知っておいて下さいね。