家庭天秤法のすすめ

 これを知らずに抑制薬を使うのは危険です!

 

 70歳前半の男性が2人います。どちらも1年前に「激しく怒る」という症状で認知症を発症し、薬を飲み始めました。2人とも自分の足で歩き、一人で食事が出来ました。

 

家庭天秤法のすゝめ

 

 1年後の今、2人はどうなっているでしょうか。
Aさんは、今も変わらず自宅での生活を続けています。1年前と比べて、だいぶ穏やかになっていました。妻は当時を振り返り、「あの時と比べれば、天国と地獄くらい違います。」と微笑みます。妻が布団を干そうとすると「手伝おうか」と声をかけてくれるそうです。

 

家庭天秤法のすゝめ

 

 一方Bさんはと言うと、すっかり体が弱ってしまい、ほぼ寝たきりの状態となっていました。食事は妻がスプーンを口に運んで介助していますが、最近はむせることが多く心配だと言います。

 

家庭天秤法のすゝめ

 

 この2人が受けた治療には、どのような差があったと思いますか?まったく違う種類の薬が処方されたのでしょうか。実は、治療を開始した時の2人には、全く同じ名前の薬が同じ量で処方されていました。

 

 ただ、Bさんは「毎日3回飲んで下さい」とだけ説明されて薬を処方されたのに対し、Aさんにはある‘飲ませ方のコツ’と共に薬が処方されたという違いがありました。

 

 そのコツとは、「家庭天秤法」という方法です。一言で言うと「その時の脳内のエネルギーレベル(元気さ)に応じて、抑制薬の量を増やしたり減らしたり調節する方法」です。

家庭天秤法のすゝめ
漢方の陽証・陰証という考え方に近いですね。

 

 人間のエネルギーというのは、1ヶ月間ずっと一定ではありません。私たちだってそうですよね。1週間の中で元気いっぱいでやる気のこともあれば、少し疲れて元気がない時もあり、美味しい物を食べてまた元気になることもある。認知症の方も一緒で、今日は何だか機嫌が悪くてやたらと怒っていると思ったら、数日後はちょっと元気がないこともあるのです。

 

 また年齢が上にいくほど内臓の働きが落ちてしまい、薬が100%分解されずに体に残る「薬の蓄積性」が生じます。前半に処方された薬がすぐに100%分解されず、徐々に薬の効果が体に蓄積されていき、後半には半分の量でも同じくらいの効果が出ている、ということがあるのです。それなのにずっと同じ量で薬をどうなっていたら、どうなるでしょうか。薬が効きすぎてしまうのです。

 

 Bさんで起きてしまったのは、この過鎮静(薬が効きすぎること)でした。
最初の数日はうまくいっているように見えたのです。これまでの様子が嘘のように怒ることがなくなり、家族はみな胸をなでおろしました。しかし1週間が過ぎる頃、昼間でも何だかウトウトして寝てばかりいるBさんに気がつきました。奥さんは少し心配になりながらも「先生に言われた通りに薬を飲ませなきゃ」と同じ量で薬を飲ませていたのです。すると2週間もたつ頃には、足下がふらついてトイレにも行けない状態になってしまいました。1ヶ月後に外来を受診する頃には、お尻に床ずれが出来て、車いすに乗せて病院に連れていくのも奥さん一人では難しく、娘の手を借りなくてはいけない状態まで弱ってしまっていたのです。

 

 一方「家庭天秤法」を指示されていたAさん宅では、怒りっぽさが落ち着いてきた時点で、様子を見ながら薬を減らし始めていました。最初は朝2錠、昼2錠、夕2錠と1日6錠飲んでいたのが、だいぶいいから朝と昼は1錠に減らしてみようかしら、と加減していたのです。完全になくしてしまうとまだ怒りっぽいから、朝と夕に1錠だけは飲んでもらおう、という風に。冬になって風邪をひき高熱が出た時には、一時的に薬をお休みしました。ぐったりして食欲が落ちてしまい、こんな時にエネルギーを抑える薬を飲んだらますます元気がなくなってしまうからです。そのお陰でAさんは、激しく怒ることもなく、また薬のせいで眠くなったり足がふらつくこともなく、落ち着いた心と体の状態で毎日を過ごせるようになったのです。

 

 この薬は‘適量’を飲んでいることが本人にとっても家庭の平和にとってもとても大切ですが、一発で正解を求めず、微調整しながら近づけていくことがコツです。もちろんAさんの奥さんも、最初から自信満々で薬の調節ができた訳ではありません。家族が薬を調節して大丈夫なの?といくらか不安もありました。ただ、薬の減らし方について丁寧に説明を受けており、それでも迷う場合にはいつでも相談に来て下さいと言われていました。慣れるまでは少しコツがいるけれど、それで本人も家族も幸せになれるなら・・・と小さな一歩を踏み出したのです。

 

 家庭の平和を支える力強い武器となります。ぜひマスターするようチャレンジしてみて下さい。